株式会社玉島活版所 代表取締役 原 絢子
創業120年。岡山で商業印刷を手がけながら、ウェブやデザインへと仕事の領域を広げてきた会社がある。株式会社玉島活版所。6代目の代表取締役・原絢子さんに「御社の平熱、いま何度だと思いますか」と尋ねると、迷いのない答えが返ってきた。
37.0度。少し、平熱より高め。
その0.5度の意味を聞いていくと、この会社がいま立っている場所と、一人の経営者が去年くぐり抜けた迷いが見えてきた。
原さんは、父の会社を継いで6代目となった。ただし、はじめから経営者として迎えられたわけではない。まずは一人の社員としてこの会社に入り、営業として現場に立ち、仕事をひとつずつ覚えていった。社長に就任したのは、出産を終えてまもない頃。小さな子どもを育てながらの、慣れない社長業。そこへ、紙からデジタルへ、そしてAIへと目まぐるしく移り変わる市場が重なった。
翻弄されながら、それでも決断を一つずつ積み重ねてきた。
以下は、そんな原社長自身と、会社の「健康」と「在り方」を尋ねたインタビューだ。
奥野 まず、御社がどんな会社か、初めて読む方にも分かるように教えてください。
原 うちは今年で創業120年を迎える、印刷とウェブ制作をしている会社です。地元の企業様の印刷物やデザインものの制作をさせてもらっています。業種は本当にさまざまで、住宅会社さんから製造業、学校法人、学会関係も。地元のあらゆる業種のお客様がお客様です。
メインは商業印刷で、パンフレット、ポスター、チラシ、名刺。伝票や封筒といった事務用品系もありますし、看板のデザイン制作やロゴの制作もあります。ウェブで言うと、コーポレートサイト、採用サイト、キャンペーンサイト。最近はSNSの運用代行やオンラインショップの開設サポートもしています。あとは『KidsDo』という、3歳から6歳のお子さん向けの知育教材のフリーペーパーも発行しています。
奥野 幅広いですね!
原 よく言われます(笑)。でも、広すぎたなとは思っていないです。
『KidsDo』に関しても、もちろん地域メディアという位置づけなんですけど、会社としてはKidsDoに掲載頂いた企業様に、KidsDoをきっかけとして、その企業様の困りごとをお聞かせいただき、弊社で支援できることをご提案させていただいています。
そこで、「幅広い」と思っていただけるのは狙い通りというか。印刷しかしてないという印象を、変化させていきたいという想いがあります。
奥野 お客さんはどんな方が多いですか。
原 『KidsDo』の読者は、3歳から6歳のお子さんを育てている、子育て中のお母さんやお父さんですね。発行当初は本当にお母さんだけという感じだったんですけど、最近は男性の読者も増えているなというのがアンケートからも読み取れて、それは今の時代っぽいなと感じます。
印刷物に関しては、地元の中小企業のお客様がメインです。ご家族だけでされているようなところもあれば、規模が大きくて、本社は大阪や東京にあって事業所が岡山にあるという会社さんもお客様だったりするので、規模は本当にさまざまです。
奥野 どういう層に強い、というのはありますか。
原 頭の中にぼんやりとやりたいことはあるんだけれど、言語化できないお客様をご支援させていただくのが、私たちの力の見せ所だと思っています。言われたことをそのままするのではなく、第三者視点・エンドユーザー視点でご提案をさせていただいています。
奥野 社長の朝は何時に始まりますか。出社までのルーティンはありますか。
原 ルーティンというほど意識したことはないんですけど、だいたい5時10分ぐらいにはもう目が覚めていて。
奥野 早いですね。
原 そうなんです。でも起き上がれなくて、30分ぐらい布団の中でもぞもぞしていて。で、5時40分にいつもご飯が炊けるんです。
奥野 予約で?
原 そう、予約してあるんです。炊飯器のご飯が炊き上がったらメロディーが流れるじゃないですか。それで「よし、起きるか」みたいな。
奥野 そこが境目になっているんですね。
原 そうです。そこからは、子どもと自分の朝食の準備と、夕食の準備を並行してやります。お弁当が必要だったらそれも並行して作る。6時20分には大抵食べ始めるので、6時20分から30分の間には食べ始めて、6時50分から身支度。子どもが7時15分から20分の間に家を出るので、それを見送ってから私も家を出ます。
奥野 ご家族みんな早起きなんですね。
原 子どもがすごく早起きで、私と大抵一緒に起きるんです。夫はだいたい私よりも早く起きて、6時20分ぐらいには家を出ます。朝型家族ですね。私は本当は朝は強いタイプではないんですが、合わせているうちにそういう習慣になっちゃいました。
奥野 朝はお仕事はされない?
原 そうですね。ただ、仕事は娘が寝てから夫が帰ってくるまでか、自分が寝るまでに、週の半分ぐらいは夜やっています。20時半から23時まで、ずっとしているわけではないですけど、合間に家のこともしながら。
奥野 家じゃないと集中できないような仕事もありますよね。
原 というか、日中の時間が足りないんです。娘の学童に18時までにお迎えに行かないといけなくて。翌日バタバタしそうだったら夜に回収したりとか、じっくり資料を作りたいなというものは、日中は落ち着いてできる時間がない日もあるので、夜にやってしまおうという日もあります。ゆっくりしながら、この案件をぼんやり考えたいな、という時もあったりしますね。
奥野 ずばり、御社の体温、いま何度だと思いますか?
原 そうですね……37度。
奥野 その数字にした理由は。
原 今、事業転換の時期で。時代の流れとともに、やっぱり売上の構成比は変化していっています。印刷の仕事もやりながら、ウェブの仕事もして、プラス、AIが出てきたことによって、その対応も求められているところがあります。
言ってしまえば、AIでデータを作って、お客さんが自分で印刷通販に出せる時代になってしまった。じゃあ、私たちの価値とは何かというところを、この1〜2年は本気になって取り組まないといけない。
ただ、AIへの対応もまだ固まっていない部分があったりするので、そういった意味では、ちょっと無理している部分もあるし、心理的に負担がかかっている社員もいるだろうなという感覚はあります。
奥野 不確定なことが多いと、模索の分だけリスクもついてきますよね。
原 そうです。しかも、デザインというものに対価が発生するということが、日本は海外に比べてご理解いただきにくい文化があるそうです。
海外だと、デザインを作る過程で下調べだったり設計という労力がかかるという前提が浸透している。だから「この金額です」と言ったら「まあそうだよね」と飲み込んでいただけることが多いそうなんですけど、日本においては、出てきた成果物だけの金額で見られることもあります。
そういった中で、AIが出てきてしまった。だから、人間だからこそできること、生み出せる価値の本質が問われているし、そこをお客様にもご理解いただけるようにご説明していかないといけない。そうじゃないと、なかなか利益を残していけないと思っています。
奥野 最近、眠れていますか。平均どれぐらいですか。
原 6、7時間は寝れていると思います。
奥野 睡眠の質はどうですか。
原 割と今はいいと思います。前は良くなかったです。子どものことが気になって、ちょっとした物音でも起きちゃうようになっていて。
奥野 子どもが生まれてからは音に敏感になりますよね、わかります。寝る前に考え事をしてしまうことはあったりしますか?
原 寝る直前まで悶々とするのは、やっぱりあります。今でも日によりますけど、気になることがあったり、もやもやするようなことがあったら、考えちゃいますよね。
30分ぐらいで寝つけている場合もあれば、「もう2時なのに、まだ寝れてない」みたいな時ももちろんあります。考え事をしているから眠れなくなっているのか、交感神経が活発になってただただ寝付けない状態になっているのか、正直もう分からないんですけど。
考えることが多いのは人間関係ですかね。「こう言われたけど、こういう風に言ったらもうちょっとスムーズに事が運んだんじゃないか」とか。「なんであの時、これを言えなかったんだ」みたいな。
奥野 あります!後から思いつくんですよね。
原 そうそう。その時なんでこれを思いつかなかったんだ、って。
奥野 社長業のストレスは、どこで感じてどう逃がしていますか。
原 やっぱり、どの経営者さんもそうだと思うんですけど、孤独じゃないですか。
以前、ある会社の社長さんに「信じられるのは自分だけだよ」と言われたことがあって。それは他の人を信じないという意味じゃなくて、最終的に責任を取るのも自分だし、決断するのも自分だから、という意味で教えてくださいました。それはすごく日々感じます。
これを「ストレス」と呼ぶのかもしれませんが、それに耐えうる器であることも、経営者に必要な力だと思っています。
だから、発散して忘れるとか、流すとかは、あんまりないかもしれないです。
奥野 そうなんですね……ヒントを得るために知識を取る、みたいなことはされますか。
原 まさに、そういう行動はとりますね。「どうすればいいんだろう」「どうしたらよくなるだろう」と思って、じゃあ何ができるかな、って。
あとは言える範囲で、こういう人に相談してみようとか、現場のみんなはどう思っているんだろうと確認するとか。何かしら人と話をして、糸口を探しているかもしれません。
奥野 誰にも言えないタイプの悩みは、どなたに話しますか。
原 そのテーマのパートナー企業さんかなあ。そのテーマに関わるコンサルさんだったり。
奥野 プロに聞く?
原 そうですね。
奥野 昔からそうでしたか。学生の頃など。
原 模索の仕方は、学生の時よりは今のほうが上手くなっていると思います。学生の時のほうが一人で悶々として、どうしたらいいんだろうということが多かった。どっちかというと、下手だったような気がします。
ただ、問題を解決するためには「もうここを変えよう」みたいに思い切ってしまうこともあって。悶々として何もできない時と、解決のために大胆に動くときもあるんです。今はそういうことがあっても、折り合いの付け方は上手になったと思います。
奥野 成長して、情報を集められるようになった分、悩んだ末にいきなり大胆に動くのではなく、いろいろと試しながら模索する段階が増えたから、折り合いがつくようになったんでしょうか。
原 そうだと思います。でも、それでもどうにもならなかったら、いつか大胆な発想にぶっ飛ぶかもしれません(笑)。
奥野 1年前は何度ぐらいだったと思いますか。
原 何度ぐらいだろう……本当に感覚ですけど、36度3分。
奥野 少し低めですね。
原 方向性がまだいまいち見えていなかった。売上の構成比が変わっているとはいえ、どういう方針で、いつのタイミングで踏み込んでいいかなというのが、正直まだ腹がくくれてない時期だったかなと思います。
みんなも知りたがっているな、という周囲からの期待は感じていました。そういった意味で、去年は自分の中ではいろいろ考えていて、ちょっと停滞していた。
奥野 でも、決断に至ったわけですね。
原 そうですね。ずっと迷っていた部分があったので体温で言えば低めだったんですが、やることが明確になったので、今は上がっていっている感じですね。
入社当時は父が社長で、社長と従業員の間に、私はまだ入っていませんでした。だから、自分はどういう立場で、どういう発言をしてもいいのかというのを、すごく気を使っていました。
だから、心情としては「無」というか。目の前のやるべき業務に集中していました。営業とフリーペーパーの担当をしていたため、その売上を立てていく。その中で見えてくるものを見出していく、という時期でした。そういった意味では、停滞といえば停滞だったかもしれません。
奥野 社員の健康について、いま一番気になっていることは。
原 やっぱり、特定の人に負荷がかかっていることが気になっています。
奥野 そういうことは、日々の様子から気づかれるんですか。
原 日々の様子だったり、入退出の記録と残業管理シートをみて思います。弊社では事前に残業申請を紙で提出するため、その残業は本当にする必要はあるのか、業務を分担することで負荷を分散することはできないかを申請時に確認しているのですが、どうしても分散が難しい部分があったりするので。
奥野 明るい変化を感じることはありますか。
原 産業保健の面談をきっかけに、日中の食事を意識してくれているなと感じる社員がいて。うっすらとでも意識してくれているのが見受けられるので、そこに関しては嬉しいですね。
私も健康ぶってますけど、本当に分からないですよね。30を過ぎたら、やっぱりいろいろ出てくるなと感じます。
奥野 社員の平均年齢は高めですか?
原 平均年齢は41歳です。若い人のほうが多いんですよ。60代以上は3人しかいなくて。
奥野 これから増えそうな心配事はありますか?
原 みんな運動不足なことですね。毎年行っている健康経営の経年変化アンケートを見ると、運動不足と回答している割合だけずっと高いので。業務上、座って仕事をしている人が多いですし。製造現場は腰に負担が行きやすいので。
奥野 習慣的な運動って、難しいですよね。
原 そうです。だから私は最近頑張って、毎日運動をするようにして。
奥野 すごいですね!
原 体重は変わっていないのに、今まで入っていたパンツのウエストがきつくなってきたんです。それで「新しいのを買うなんてありえない!」と思ったので、体重を減らすんじゃなくて、骨盤を整えてインナーマッスルを鍛え始めました。インスタで何個かトレーニングをピックアップして、毎日毎日頑張ってやっています。
奥野 結果は出ましたか?
原 だいぶウエストがきつくなくなりました。3週間ぐらいで。
奥野 効果が出るまでが早いですね!どんな時間帯にやるんですか。
原 夜、子どもがテレビを見ている時に横で。あとは、寝る前に子どもに絵本の読み聞かせをするのが習慣なので、絵本を読んでいる間に下半身だけトレーニングしたりしています。
奥野 マルチタスクですね(笑)
原 はい、娘に「気が散るからそれやめて」って言われたことあります(笑)。動きも変で、ベッドも動いてしまうので。
奥野 それでも続けたんですね!
原 読み聞かせの時間をなんとか有効に……と思って。何を言ってもやめないので、娘も何も言わなくなりました。諦めたんだと思います(笑)。
奥野 御社ならではの健康的な文化や習慣はありますか。
原 良い悪いあるんですけど、事務所と制作と工場が別々の部屋にあるので、歩かないといけないんです。これを持っていかないといけない、これを確認しに行かないといけない、資料を回そう、となった時に、歩かないといけない。
面倒くさいと思っている人もいると思うんですけど、ずっと座りっぱなしになると集中力が落ちてくるし、腰も痛くなってくる。姿勢を変えるという意味でも、プチリフレッシュという意味でも、歩くのは良いことだと思っています。
奥野 同じフロアでも、距離のある移動が頻繁に起きるのはいいですね。
原 そうですね。あとは2年前にウォーターサーバーを入れたので、水を飲む人が増えているんじゃないかなと思います。
奥野 社員さんのウォーターサーバーの利用量は増えていますか。
原 はい。ボトルの交換頻度が上がりました。ボトルが溜まることがないんです。いいペースで、みんな続けて飲んでいる。味がある飲み物しか飲まない人もいますが、水はとても飲みやすくて健康にもいいので、慣れてもらいたいと思っています。
奥野 健康と経営がつながっていると実感した瞬間はありますか。
原 やっぱり、健康があってこそ毎日働けますよね。私自身も、どうしようもなく頭が痛くなる時があるんですよ。頭痛がなければめちゃくちゃ集中して仕事ができるんですが、頭が痛い時は全然進まず……集中力が全然違う。健康であることは、経営の土台であると思います。
あと、心が健康であることも大事です。子どものことで少しでも引っかかることがあったら、やっぱり頭の片隅に意識があるんです。目の前のことに集中できるということは、心も健康であることが必要だと思うので。必要な土台だと思います。
奥野 御社の体温をあと0.5度下げて健康的な平熱にするとしたら、次に何をしますか。
原 具体的な数値目標と、それの行動計画を結びつけることかなと思っています。
今まさに、私の中でビジョンマップを作り変えていて。前に作った時は、ちょっと抽象的なところがあって。その時はひねり出せるものを全部出した、という感じなんですけど、時間が経ったのと、会社が新しい局面に入ろうとしている中で、もう少し具体性がないと数値目標に落とし込めないなというフェーズに入ってきたんです。
具体的な数値目標を示した後は、じゃあどうやったら現場レベルで行動にできるかということを接続する1年かなと思っています。そうすると、目指すべき方向と、個々が日々やらなきゃいけないことが結びついてくると思うので。今まさに、そこを設計しようとしているところです。
奥野 ゴールをはっきり言えるようになったら、あとはやるだけですよね。動くスピードが変わりそうです。
原 それはあると思います。
奥野 楽しみにしています。ありがとうございました。
創業120年の会社の、37.0度。それは無理から出た熱ではなく、腹をくくった人の熱だった。
印象的だったのは、原さんが社員の健康について具体的に語れたことでした。特定の人に負荷が寄っていないか、帰る時間が遅くなっていないかなど。ここから会社としても目標と行動が定まり、成長が加速する時期になると思いますので、負担がどこにかかっているのか、その負担をどう逃がすのかは鍵になりそうですね。
社長は、「受け止めなきゃ」「耐えうる器がないと」とおっしゃいました。その心の強さを、持てる事自体がすごい事です。ただでさえ私生活も子育てや家事が大変な中で、あらゆることを受け止めている状態なはずです。長く、心が穏やかでいるために、ちょっとした気分転換の方法や、運動、趣味、話せる人間関係などの心のコンディションを保つための方法をいくつか持っておくと、安心かもしれません。
原さんが目指している「具体的な数値目標と行動計画の接続」は、会社の体温を動きやすい程度に温める役目になるといいですね。